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2017年3月

2017年3月30日 (木)

地震の夏の想い出。

とある、去年の8月終わり・・・。



人間、嫌な記憶は早く忘れ去るように作用する生き物なのだと、改めて思うこの頃なんですが。


誰も予想すらしなかった、4月の熊本地震でした。

何百回も何千回も揺れる地面の上にいると、三半規管がおかしくなって自分が揺れてるのか地面が揺れてるのか

すら分からなくなって、いつもゆらゆらふらふらしてる、あの独特の感覚を思い出します。



幸いにも震度7を記録した地点からは60km程南だったので、直接の被害はありませんでした。

一度だけ津波警報が出た夜中の1時半過ぎに両親を実家まで連れに行ったのと、

夕方社用車で走ってる時に震度5の余震があって、あれ?と思った一瞬後には反対車線を走ってたことがありました。

車が飛ばされたのか、道路が撓んだのかは、今も分かりません。


クリスマス前に奇跡的に開通した俵山バイパスの話等も、山程あるのですが。

思い出すというよりは、これからも忘れないために、このお話を記しておきたいと思います。




オートポリスに毎年見に行っていたsuperGTとか、(去年は地震で中止、今年は開催決定)

WRC(トヨタの2戦目で総合優勝は凄いと思います)等の自動車に関してははもちろんのこと、

新幹線等の電車類もそうですし、最近では旅客機に自衛隊のF35だの10式戦車だの

いずも型護衛艦は実際空母だよねだとか、興味の幅もいろいろ広がってきた(?)小3の息子氏。



メカニカルなものとは別に、(これは母親譲りと思うんだけど)日本のお祭りが大好きで神輿や傘鉾、山笠の飾り山等の作り物、

これが興味の的のようでして。

地元の祭りの神幸行列の順序だとか、隣の佐賀県の唐津くんちの曳山の種類だとか、鹿児島の知覧ねぷたは平川ねぷたが

伝承にこられたとか、ちょっと他の小学生はぽかんとするようなことを、本当によく知っております。


中でもテレビの旅番組を見てハマったのが青森県の青森ねぶた。

DVDを見ながら画用紙に書いた各団体のねぶたを自ら3日間運行し、各賞まで決定して表彰まで行う始末。

ねぶた師の名前等は朝飯前で、近年3年以内(もっとかな)なら、誰の制作の何ていうタイトルのどこの所属のねぶたで

何の賞を獲ったかまで、おそらく知ってると思います。

そんなに好きなら、いつか本物を、青森に見に行きたいねと、ず~っと言ってはおるのですが。



そんな中、「熊本復興ねぶた」の実施イベントを知ることになります。

8月初めに実際に青森のねぶた祭りで運行したねぶたを、一度トラックに乗せれる大きさに分解して、

2,000kmの道程を熊本まで運搬して、また改めて組み立てて、骨組みを作り、

電飾を施して和紙を貼り、色を化粧して運行するものです。

最初は目を疑いました。いつか見せたいと思っていた、本物の青森のねぶたが、地震復興とはいえ、

こんな南の熊本にはるばる、向こうからやって来てくれるなんて。


とにかく、8月の終わりの週末に、まだ製作段階中のねぶたを一目見ようと、熊本城二の丸公園に母子で向かった訳です。

特設テントの中とはいえ、青森からは2,000km南の熊本の残暑は、それはそれは暑かっただろうと思います。

大小それぞれのねぶた4体が、台乗せに向けて化粧(色付け)されてる工程だったと思います。




Photo


そんなねぶたたちを食い入るように見てる小学生がいるわけですから、

それはそれは、ねぶた師の方々にとっても不思議な子供に見えたかもしれません。






そしてそのねぶたが、「纏と唐獅子牡丹(まといとからじしぼたん)」というタイトルの北村隆名人の作品であることを知るわけです。

そしてそして、この熊本復興ねぶた・纏組の代表世話人、外崎玄(とのさきげん)さんと出会うことになりました。

玄さん自身も熊本と青森を行ったり来たりされる生活の中で、ちょうど熊本に居られるときに地震に合われて、

熊本の自宅を一部被災されました。

それでも、熊本の復興のために、青森のねぶたを持ってくることを決断されました。

(二の丸公園を使用する許可申請をするだけでも、大変な苦労だと推測するのですが)

ちょっと話をするだけで、この方の器の大きさというか、懐の大きさというか、とにかくでっかい男だな、

っていうのが良くわかるんですよ。

(後で書きますが、おかげで我々親子が運行当日、テレビ局3局から同時に取材を受けることと相成りました。

OAの時間帯もあって結果的にそんなに世間には知れ渡りませんで助かったんですが)


ねぶた運行の当日になって、台風が接近してきました。

土壇場になって、できるできない、やる、やっぱ中止にする、ものすごい葛藤があったと思います。

結局2日間の運行を1日だけにして、夕方から決行されることになりました。

運行中は不思議と雨が上がって、奇跡的に晴れ。

ほんとに神憑り的な天気でした。


ねぶたにLEDが点灯する瞬間、見ている方々から「お~っ」という声が上がるほど、それはそれは身の毛のよだつ瞬間でした。

息子が鼻歌のように歌っていたお囃子が実際の笛と太鼓で目の前で演奏され、跳人と呼ばれる踊り子さんが実際に

その後を飛び跳ねまわり、一般の方々もその後ろに続いて飛び入りされ、何より、

ライトアップされた熊本城天守閣の前を、青森のねぶたが運行されてるという、

奇跡の2ショットも実現いたしました。



Photo_3



涙なしには、とても見れなかったです。

(あの玄さんも実は隠れて一人で大泣きしてたそうです。)




「ケッパレ熊本」の文字がかっちょええ!









無事に2回の運行が終了し、あとはこっそりひっそりと玄さんとの約束を果たして二の丸公園を離れる予定でした。


そしたら、この器も声もでっかい玄さんは、マイクで息子の名前を呼んじゃいまして・・・。(笑)

テレビカメラをあえて避けながらねぶた見物してたのに、最後になってあえて事前にお断りまでしてた地元局の

3局同時取材を受けることに。

(かめきちさんがどの局の番組取材で来られてるのか、とうとう最後までわかりませんでした。週刊山崎くんの

印象が強かったもんですから。各局のディレクターさん、アナウンサーさん、その節はすいませんでした。)



Photo_2

ねぶたの後ろっ側(おくりねぶた、っていわれる部分)の

白い連獅子のねぶた一体だけにビニール袋が被せてあった理由も

そこで判明しますが、あえてここでは申しません。


(ただ、この後がホントに大変でしたとだけ、にしときます。)








そしてなんと、この熊本でのねぶた運行が、今年も9月に行われることが決定した模様です。

今年も青森の皆さんとの交流を含めての、息子の成長を楽しみながらの、熱い夏になることは間違いないだろうなと思います。
(これが終わらないと、息子の夏休みは終わらないという年中行事です、既に)




地震からの復興は大変長い道程です。

少しずつですが、被災された方々の衣食住が元に戻り、心の傷が癒されますよう、心からお祈り申し上げます。



たったこれだけの文章を記すのに延半年かかってしまいましたが、ま、なんとか、なごだんでした。





「熊本ねぶた」と検索していただけますと、いろいろ出てくると思います。

寄付金もまだまだ募っておられるようですし、何より去年見れなかった方はぜひとも今年、本物のねぶたを見に来てください。

あの大迫力と美しさは、「百聞は一見にしかず」です。なんてったって、あの青森ねぶたが、この熊本で見れるんですから。